レンズ雑録 #7 「レンズを読む~軽い気持ちでレンズを絞るな~」

全国1億3千万人のカメラで人生設計を狂わされた皆さん、こんにちは。新宿防湿庫のご利用はくれぐれも計画的に!今回もレンズ沼で平泳ぎしている人たちの目線で語っていきたいと思います。

今日のお題は「レンズを読む~軽い気持ちでレンズを絞るな~」です。一部のプロのカメラマンさんに全力で歯向かっていきます。ただし、きちんとした明確な理屈をもってです。目標は「何でも開放で撮るのは素人」と言われたときに、返す刀で「お前はそれで捨てたものの大きさを知っているのか」とガン詰めできるようになることです。

ちなみに、ここでの話はほとんどがレンズの公式とか、写真レンズの教科書とか、レンズ研究ブログとかのレベルの情報・知識で構成されています。ですので、定性的には合っているかもしれないけど定量的には問題にならないとか、単純に大事な理屈や要素を見落としているとか、そういうことがあるかもしれません。なので、そういう考え方もあるのかくらいの軽い気持ちで読んでもらえると助かります。

…なんか初っ端から勢いを削ぐようなことを言ってしまいましたが^^; それでは気を取り直していってみましょう!



1. 球面収差とボケの関係

1.1. 球面収差とボケの関係

ボケには大きく分けて3種類のタイプがあるというのをレンズ雑録 #6 で扱いました。
ざっくり復習すると、(1) エッジタイプはボケがガチャつく、(2) フラットタイプのボケは可もなく不可もなく、(3) コアタイプは柔らかいボケという特徴があります。

(1) エッジタイプ
光が周辺に集まる
ボケはガチャつく
(2) フラットタイプ
光が均質に広がる
ボケは中庸
(3) コアタイプ
光が中心ほど強い
ボケは柔らかい

実は、これら3種類のボケのタイプはレンズの球面収差によっておおよそ決まってくると言われています。
順を追って説明していきます。まずは後ボケについて。
図の右端に撮像素子があります。図の左端にある花は、ピント位置より後ろの方に置いてあります。

後ボケ

このとき、花からやってくる光は撮像素子より手前で一度集まってしまう(像を作る)ため、撮像素子に記録される光はそこからもう一度広がり始めた光=ボケ像になります。これが後ボケです。
図にはありませんが、逆にピント位置より手前のほうに花があった場合は、光が集まる前に撮像素子に到達してしまうので前ボケになります。

球面収差とは、上図の光が一点に集まっている(像を作る)場所で厳密に一点に集まらない収差のことです。この部分を拡大したのが次の図です。左が球面収差のグラフ、真ん中が光の集まり方、右が後ボケです。球面収差のグラフの読み方はより詳しい解説サイトにお任せするとして、ざっくり基準の縦棒からグラフの値が離れているほど収差が大きいとだけ覚えてください。なお、光線は見やすさのために片側だけしか描いていません。

(1) 球面収差によるエッジタイプの後ボケ

上図のように球面収差が残っている場合、光は厳密には一点に集まらずわずかにバラけてしまいます。そしてその光が再び広がって撮像素子で後ボケの像となるわけですが、このとき注目してほしいのが光の密度分布です。ボケができる場所(撮像素子)ではあきらかに下側により多くの光が集まっていることがわかります。レンズは基本的に回転対称なので、レンズの中心軸まわりにこの光の密度分布をぐるっと一回転させれば右側のボケが得られるわけです。つまり、このような球面収差がある場合、後ボケは (1) エッジタイプになるということがわかります。

同じように見ていきましょう。次は球面収差がほとんどない場合です。

(2) 球面収差によるフラットタイプの後ボケ

この場合、光はほぼ一点に集まります。そのあと再び広がった光の密度分布も均一になるため、ボケは (2) フラットタイプになります。

もうひとつ、また違った球面収差が残っている場合を見てみます。

(3) 球面収差によるコアタイプの後ボケ

球面収差がこのような形をしている場合には、やはり光は一点には集まらずバラけていますが、(1) と違うのはボケの光の密度分布が中心ほど高くなっているというところです。つまり (3) コアタイプの後ボケができることがわかります。(余談ですが、光が集まる前の部分を見てみると、もしこれが前ボケだったとしたら (1) エッジタイプになりそうな光の密度分布をしています。)

このように球面収差によってボケのタイプが変わるということが確認できたと思います。(但し、ここでの議論はコマ収差や口径食などの影響を無視しています。実際にはこれらも大きく影響するのは前回 #6 で確認しました。それから、アポダイゼーションフィルタが入っている場合もまた別の話になります。)

では、これらを踏まえて「じゃあ絞ったら一体どうなるか」という本題について考えていきましょう。

1.2. じゃあ絞るとどうなるか

さて、ここからが本題です。

まずは試しに先ほどの (3) コアタイプになる球面収差のレンズを2段分絞った図を用意してみました。
絞りを絞っていくと、球面収差のグラフは上の部分がカットされていきます。(絞り1段分で球面収差は 1/√2 に、2段分で 1/2 になります。)

(3) コアタイプの球面収差を2段絞ったときの後ボケ

2段絞った結果、球面収差が残っていた部分がちょうどカットされて、球面収差の形が (2) に近い形になったことがわかります。するとどうなるかというと、やはり光の密度分布が均一になったボケを撮像素子上で形成することになるため、後ボケはフラットタイプになってしまいます。言い換えれば、絞ってしまったせいでせっかくの柔らかいボケ味が失われてしまったということになります。これは大問題です。

とくに大口径レンズともなると、大きなボケ表現を生み出す目的で購入する人も多いはずです。当然、そのことはレンズの設計者の方たちもおそらくわかっているはずなので、ピント面の描写とボケの描写、さらにサイズ・重さ・価格などのトレードオフの中でこれが最適解だと言えるベストバランスのものを苦心の末に提供してくれているはずです。

とくにここ最近のレンズは、単焦点に限らずズームレンズであっても、開放であえて残す収差をデザインするだけの余力くらいは十分あるように見受けられます。(コンパクトさに特別なこだわりがあるというわけでもなければ。)確かに一昔前には “開放は非常用” みたいな時代もあったかと思いますが、今とはだいぶ状況が異なる話だと思います。

つまりもうこの際なのではっきり言いますが、 “とりあえず1段・2段絞る” なんていうのはレンズのことを何にもわかっていないし、わかろうともしていない素人のやることだと僕は思うのです。僕たちはとりあえず絞るのではなくて、むしろ絞るのであれば相応の理由と覚悟をもって絞るべきなのです。

2. 解像力チャートの紙面に垂直な方向の性能について考える

とかくレンズというのは二次元平面の性能で語られることが多いですよね。でもちょっと考えてみてほしいのです。僕たちがレンズを通して写すのは多くの場合が三次元の世界です。解像力チャートの写真を熱心に撮り続けている人なんて特殊な事情を除けばおそらくほとんどいないでしょう。だとすれば、僕達は解像力チャートの紙面に垂直な方向の性能についてもっと深く考えなければいけないはずだと思うのです。

2.1. ピント面の奥行き方向の性能

まずはピント面に限定して考えます。

一般的にレンズというのは被写体の撮影距離によって性能がけっこう変わります。経験上、多くの場合は最短撮影距離に近づくほど収差は悪くなります。これは設計が古いレンズほど顕著な気がします。これは単純に遠景描写に設計の軸足を置いているだけなのか、あるいはもしかしたら近距離撮影では風景写真と違って背景が大きくボケるため、あえてよりボケに設計の重心を移しているのかもしれません。

そう考えると、製品情報サイトの MTF の数値やベンチマークテストサイトの言う解像力というのが、一体どういう条件のもとで算出された値なのかというのはとても重要ということがわかります。

例えば大口径の広角レンズ。一番の用途として考えられるのが星景写真です。おそらくメーカーもユーザーも双方が最も重要視するのは、絞り開放で無限遠にピントを合わせた状態での画面隅の収差だと思います。
では一方で大勢の人が参考にしているベンチマークサイトの評価は、どのような条件で測定されているのでしょうか。

例えば、LensTip の評価方法を引用すれば、

We use a total of four ISO test charts printed on special A0, A1, A2 and A3 foils in order to check the object performance at different distances from each photographed object. We then average the results.

https://www.lenstip.com/2.1-article-How_do_we_test_the_lenses_.html (2021/6/11 時点)

となっており、はっきりとは書かれていませんが、広角レンズほど近い撮影距離で評価してそうな感じがします。(望遠レンズと広角レンズで同じ A0 のチャートを画面いっぱいに写り込むようにすると、広角レンズの方がより近い距離で撮影することになるから。)

さらに、コマ収差に関して見てみると、

Coma is measured using the pictures of the star or diode, placed in the middle or in the corner of the frame.

https://www.lenstip.com/2.2-article-How_do_we_test_the_lenses__Evaluation_criteria.html (2021/6/11 時点)

のように書かれており、星を使っているのであればおそらく無限遠でしょうが、ダイオード(LED?)だとすると測定距離が書いていないので評価条件がわからないということになります。(ただし、この引用先以外の場所に記述があるかもしれませんので、もしお気づきの方がいましたら教えていただけるとうれしいです。)

…とまあこのように、ピント面だけとってみても奥行き方向の情報ってたいへん重要なはずなのですが、しっかりとした情報が出てこないくらいには蔑ろにされがちな気がしています。

2.2. ボケの奥行き方向の性能

さらにもう一歩踏み込んで、今度はボケの奥行き方向の性能について考えていきます。

写真レンズは光を集めて像を作るので、全体としては凸レンズということになります。ただ凸レンズだけでは収差を取り除くことはできないので、あえて逆向きの収差が出る凹レンズを組み込むことによって、お互いでお互いの収差の打ち消し合う絶妙なバランスに設計されています。
また、収差というのは、定性的にはレンズの中心よりもレンズの縁に近い部分の方が大きく、かつ、曲率の大きいレンズの方が強い収差が出ると言われています。

これらのことを踏まえて下図を見てください。
今、レンズのピント面はヒマワリに合っています。このとき、ピント面より後方にあるチューリップは撮像素子より手前で像を結んでしまうため、撮像素子にはそこから再び広がってきた光が当たるので後ボケになっています。

ピント位置とそうでない位置との光の通り方の違い

ここで注目してほしいのは、ヒマワリとチューリップから出た光の通り方が異なることです。言い換えると、光を曲げるのにレンズが使っている場所が違うということです。(わかりやすさのために絵は少し大袈裟に描きましたが、光の通り方はレンズの公式から概ねこんな感じになります。)

レンズは曲げる場所が違うと収差の出方が違うので、定性的には、ピント面以外からの光ではピント位置のような収差バランスがもはや崩れていて、ある程度収差が出ている状態になっているはずと考えることができます。

ということは、1.1. で見てきたように収差が違うとボケ方も変わってくるはずなので、ピント面からどれくらい離れているかによってもボケの質が次第に変わってくるということになります。さらに言えば、2.1. で見たようにフォーカシングによってもレンズの状態が異なるので、「フォーカスの位置」+「ピント面からどれくらい離れているか」によってボケの質が変わってくるということになります。当然、同じ平面内でもコマ収差なども影響するため、+画角によってもボケの質は変わるでしょう。

こうなってくるとボケというのは僕達が思っている以上に相当に複雑な要素で構成されていることがわかります。しばしばボケのレビューと銘打ち、最短撮影距離付近にピントを置いて遠景の玉ボケだけをチェックする人がいますが、それだけではボケの質の評価としてはてんで不十分だということがわかるかと思います。

2.3. 設計思想に垣間見る

じゃあ実際にこんな複雑なことまで考えてレンズって設計されているのかという疑問が湧いてくると思います。僕の推測としては、全員が全員ではないけれど一部のメーカーや設計者はそこまで考えていると思っています。

それが伝わってくる例としては、やはり FE 50mm F1.2 GM NIKKOR Z 50mm f/1.2 S の話になってしまいます。

まずは FE 50mm F1.2 GM ですが、公式ページで設計者のコメントが公開されています。ここまでの内容を踏まえて読んでみると見えてくることがあると思うので、まずは少し長いですが引用してみます。

光学設計者はレンズ断面図を見ると、「このエレメントはあまり仕事(収差補正)してないな」と分かることがあります。(笑) 設計者としては、より少ないレンズ枚数でより収差補正を効率的にする方法、つまりは光学性能を保ちながらレンズ全体をコンパクトに納めることのできる、別の良い解を追求したくなるものなのです。FE 50mm F1.2 GMのレンズ構成図を見て頂くと、どのレンズも収差に徹底的に貢献させるために、しっかりと曲率を持たせており、無駄と妥協のない光学設計であることを感じ取って頂けるかと思います。極限まで突き詰めた光学設計によって得られる光学性能とコンパクトさの両立を、是非体感いただければと思います。
豊かなぼけはF1.2レンズの魅力の1つですが、ぼけ量だけではなく、G Masterに相応しい理想的なぼけ描写にこだわりました。(中略)まず、設計初期段階からのぼけシミュレーションとその修正の繰り返しにより、理想的な球面収差を徹底的に追求することで、ぼけと解像のどちらも妥協することなく両立させています。さらに製造工程において、個体ごとにエレメント間の間隔調整を行い、球面収差を細かく管理することで、バランスを取るのが難しい前ぼけ後ぼけの両方で、クセの無い美しいぼけ描写を実現しています。

https://www.sony.jp/ichigan/a-universe/news/547/?s_pid=jp_/ichigan/lineup/e-lens.html_SEL50F12GM (2021/6/11 時点)

これを読んでみて個人的に推測したのは、どのレンズも曲率が強いということは、強い収差どうしで絶妙に打ち消し合うような設計になっているのかなということです。それによってコンパクトながら解像力の高いピント面性能が得られているのかもしれません。一方で、ピント面から外れた途端にたちまち収差のバランスが崩れやすいということかなとも思いました。その崩れ方をボケが柔らかくなるような球面収差の形にデザインすることで柔らかいボケを達成しているのかもしれません。

実際、作例を見ている限りでは、描写としてはピント面の強烈なシャープネスと収差によって大きく解けるボケとの二面性を併せ持っているように見受けられます。とくにボケには収差が乗っている雰囲気がありますが、その収差がボケを柔らかくする方向に作用しているような感じ。単純に溶かす力という意味で言えば NIKKOR Z 50mm f/1.2 S よりも強いと思っています。

SONY(ソニー) SEL50F12GM FE 50mm F1.2 GM 実写レビュー | フォトヨドバシ
http://photo.yodobashi.com/sony/lens/sel50f12gm/

次に NIKKOR Z 50mm f/1.2 S ですが、こちらもまずは設計者インタビューを引用しましょう。こちらはかなり話題になりましたよね。

原田:このレンズの設計で大半の時間を費やしたのは、「シャープだけど柔らかい」という描写のバランスをとることでした。私、いわゆる「カリカリ」と呼ばれる描写が大嫌いなんですよ。
PY:分かります。私もそうです。
原田:昔、私がまだこの仕事に就いたばかりの頃のことですが、特に超望遠レンズの設計を得意にされていた先輩に「カリカリに写るのは、実は収差の補正が上手くできていないからなんだよ。良いレンズは描写が柔らかい」と言われたことがあります。(中略)ひとつひとつの小さな問題を、力技ではなくて丁寧に対処していくことによって、シャープだけど柔らかい、見ていて気持ちの良い自然な描写が得られることを、このレンズで証明したかったんです。
PY:カリカリって、一見よく写っているように見えちゃうんですよね。
原田:でも実は違うんです。同じことはボケにも言えます。「ピントが合っていない」ということと、「ボケ」は違います。大きいけれど雑なボケの上に、カリカリに硬く写った被写体を重ねて、「ハイ、立体感一丁あがり!」のような写りは、単に両極端にある二つの事象をバラバラに見せているだけで、立体感では無いと私は思います。大事なのは「その間にあって両者を繋いでいるもの」と、その「質」です。

http://photo.yodobashi.com/live/interview_nikon2020/ (2021/6/11 時点)

コメントが対照的で本当におもしろいですよね。思想が違うというか。
こちらは強い収差どうしで打ち消し合うのではなく、ひとつひとつの収差が小さくなるように設計していて、それによってピント面前後で収差が崩れにくくなり、その結果シャープだけど柔らかい描写になるのかなと想像しました。ボケについても、ピント面に垂直な方向にボケが崩れないように設計することで、立体感を感じる描写になっているのかもしれません。それが “その間にあって両者を繋いでいるものとその質” という言葉の意味なのかも。

先日の投稿で言った通り、実際このレンズは三次元の写真が撮れます。ピント面の緻密な解像力もさることながら、ピント面に垂直な方向に対して連続性のある描写がこの立体感を生んでいるのだと個人的には思います。ニコンの設計思想に三次元的ハイファイというのがありますが、まさにピント面だけではなく解像力チャートに垂直な方向の性能まで設計していることを物語っているように思います。

Nikon(ニコン) NIKKOR Z 50mm f/1.2 S 実写レビュー | フォトヨドバシ
http://photo.yodobashi.com/nikon/lens/z50_f12s/

これも先日の投稿で言いましたが、どちらも素晴らしいレンズだと思います。なぜなら、写真レンズというのは写真を撮るための道具なので、どんな写真が撮れるかが最も重要です。この二つのレンズは明らかにコンセプトが全く違いますし、当然撮れる写真も全く違うはずです。優劣を語ろうとすること自体が僕はナンセンスだと思います。

絞り開放における性能というのは、単純な平面性能ではなく三次元的にデザインされたもので、しかもかなりの苦労を重ねてその描写性能を実現したことが読み取れますよね。そんな描写性能をまさか “とりあえず1段・2段絞って” 台無しにしようなんてよもや思ったりなんてしてないですよね。まあ、ほんの少しでも「安易に絞るのは良くないかも」という気持ちが芽生えてくださったなら僕としては十分に満足です。

3. 絞るべき場面

…と、ここまで好き勝手なことを言ってきましたが、とはいえなにも絶対に絞るなと言ってるわけではもちろんありません。絞るなら相応の理由と覚悟を持てというだけの話です。

というわけで、ここからは絞る時にはどういうことを考えながら絞るのかというのを考えていきたいと思います。

3.1. 被写界深度を深くしたい

まず一歩引いて被写界深度を稼ぐとか、なにか別の手段で解決できないか模索するのが第一歩だと思います。

ただ、それでもどうしてもダメだったとしたらその時は仕方がありません。レンズの美味しい表現ができる部分を捨てることを承知で絞りましょう。他にもっとこれを撮るのに相応しいレンズがあったんじゃないかという疑問を胸に抱いたままカメラを構え、断腸の思いで絞り環を回して構図を決めて、苦悶の表情を浮かべながらシャッターを切ってください。あとそれから、撮り終わったらすぐに開放に戻してください。

3.2. ピント面をシャープにしたい

「だったらもっと他にいいレンズはいっぱいありますよ」と言いたいところですが、そんなこと言っていたら話が先に進まないので仕方がありません。ここはシャープにしましょう。

一口に (1) のような球面収差と言っても、たとえば次のような球面収差では全然話が変わってきます。

左のような球面収差だと2段分(絞り径が 1/2 )まで絞らないとシャープな絵にはならなそうですが、右のような球面収差なら1段分(絞り径が 1/√2 )まで絞れば十分シャープな絵になりそうです。たまに1段絞ると急にシャープみたいなレンズがありますが、おそらくは右側のような球面収差をしているのでしょう。(あるいはコマ収差が一気に改善するか。)

もしかしたら、そういう意図をもって設計されているのかもしれません。「開放でボケを活かした表現もできるけど、1段絞るだけでバリバリ使えますぜ」みたいな。であれば、積極的にその違いを楽しんであげるのも僕達ユーザーの使命でしょう。とりあえず絞るのではなくて、絞った時にレンズの描写がどう変わるかを把握したうえで必要な段数だけ絞りたいところです。

3.3. 周辺に主題を配置したいので周辺をシャープにしたい

中心の画質と周辺の画質が異なるのは、球面収差というよりもコマ収差とか非点収差とかの影響が大きいはずです。(コマ収差とか非点収差とかは中央部にはほとんど出ないから。)なので今回の議論とは少し離れてしまいますが、もし絞ることによって改善が見られるのであれば、描写のバランスが変化することを承知の上で歯ぎしりしながら絞って撮りましょう。
逆に許容できなければ、潔く諦めるのも手です

3.4. 玉ボケを隅まで円形にしたい

僕あんまり玉ボケって撮らないのであまりそのあたりの機微に疎いのですが、もしその玉ボケが丸いというベネフィットが描写バランスが変化してしまうロス分より上回るのであれば、仕方がないので絞りましょう。

ちなみに VOIGTLANDER APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical っていうレンズは、1段絞ったところだけちょうど絞り羽根が円形になるように設計されています。こういうレンズは設計者の思想に思いを馳せながら積極的に絞っていくのがいいと思います。

3.5. 遠景を撮るのに開放で撮る意味がわからない

おっしゃる通りだと思います。

3.6. シャッタースピードが足りない

ND フィルタを買いましょう。真夏の砂浜だろうと開放でいきましょう。

3.7. 光条を出したい

絞ってください。

3.8. 自分、流し撮りいいっすか

どうぞ。適宜絞った方がいいと思います。

3.9. 周辺減光が気になる

後処理(ソフト)で直してください。

3.10. 限られた時間で成果を出さないといけない仕事では云々

仕事のことに口出しするつもりはないのでどうぞ絞ってください。
でもそもそも博打になるようなレンズを選ばなければいいし、レンズの持つ描写を有効活用できない言い訳にしか聞こえな……おっと、誰か来たようだ。

3.11. 撮影距離に応じて変化する描写をコントロールする

これは上級編です。けっこう重要です。

2.1. で触れたように、大抵のレンズは最短撮影距離に近づくにつれて収差が悪くなります。ここ最近のレンズは、フォーカシングの際に複数のユニットを複雑に動かすことで、最短でも大きく崩れたりはしないようです。

それでも例えば中距離での立体感のある描写が自慢の NIKKOR Z 50mm f/1.2 S でさえも、実は寄るとものすごく柔らかい描写になります。ただ、画面全体で収差が崩れているような印象は一切なく均質に柔らかくなっているので、おそらくこれは意図してそういう設計になっているのだと推測しています。他方、例えば僕が大好きな AF-S NIKKOR 58mm f/1.4G は、寄れば寄るほどにどんどん描写が甘く柔らかくなっていくのですが、その分収差も崩れて大暴れしてしまうことがしばしば。

こういう時に絞りを半段~1段程度わずかに絞ることによって、柔らかさの度合いや収差の崩れ具合を、被写体との相性に合わせてコントロールすることができます。これは絞りがマニュアルで1段ずつしか制御できないレンズだと少し調整が難しいので、こういう時に細かく絞り値を制御できる電子式の恩恵を密かに個人的に感じています。

とくに被写体との距離で描写傾向が大きく変わるレンズを使う時には意識しておくといいテクニックだと思います。ちなみに、巷には DC-Nikkor で DC リングと併せて球面収差とコマ収差を微調整するツワモノもいるみたいです。

4. まとめ

いかがだったでしょうか。
今回もノリと勢いだけで普段自分が考えていることをひたすら書き込んでいったのですが、相当な文量になってしまいました。おそらくここまでブラウザバックせず、読み飛ばさずにたどり着いた人はほとんどいないのではないでしょうか。

僕が写真が好きな理由のもっとも大きい部分がレンズにあります。レンズがそれぞれに持っている世界の解釈の仕方、その滲みの部分におもしろさと魅力を感じます。それゆえに、レンズの個性を誤った解釈でこき下ろしているような評価やコメントを目にすると、とてもいたたまれない気持ちになってしまいます。

今回見てきたように、写真のレンズというのは薄っぺらい解像力チャート1枚で評価できてしまうほど単純なものではありません。それは、評価方法自体が現実の使い方と乖離しているという部分もあります。でもそれ以上に、プロフェッショナルたちが自らの生活をかけて日夜8時間以上も費やしながら、エンドユーザーには見せない様々な制約のなかでベストと言えるアウトプットをしているのに対して、僕たちが暇な時間に半端な知識で考えた “ぼくのさいきょうのれんずりろん” で正当に評価できるわけがないというのもあります。自分の好みを言うだけならともかく、批判したり悪口を言ったりするのなら、それに見合うだけの十分な知識と覚悟は個人的には必要だと思います。まあ、これはレンズに限った話ではないですけどね。

というわけで、今回はここまでです。
これ以下は、今回の図や説明の補足とか、普段僕がお世話になっているお役立ちリンク集になっています。もしご興味あればぜひ一度ご訪問してみてください。もしかしたらそこでまた何か新しい発見があって、今以上に写真レンズが好きになれるかもしれませんよ。

5. Appendixes

5.1. 後ボケはなぜ撮像素子の手前で一度像を結ぶか

この図のことですね。

これは中学校で習うレンズの公式から導けます。

$$\frac{1}{a}+\frac{1}{b} = \frac{1}{f}$$

ここで、a は物体~レンズの距離、b はレンズ~像の距離、f はレンズの焦点距離です。つまり、もしレンズから b だけ離れた位置に撮像素子があるとすると、ピントの位置はレンズから a 離れた場所だと言っています。
では、ピントの位置よりも遠くの方にある物体を考えましょう。つまり、a’ > a です。このとき、レンズの焦点距離 f は定数なので、この物体が作る像の位置 b’ は必ず b’ < b でないと上記等式が成り立ちません。したがって、像はよりレンズに近いところにできます。(そのため、撮像素子の位置 b ではそこから再び広がってきた光が当たる=ボケるということです。)
前ボケはこれと全く逆の理屈で、a” < a なら b” > b なので、像ができる位置はレンズから遠のくことになります。

この図に関しても全く同じで、たとえば一枚目の凸レンズに関してレンズの公式を考えると、チューリップの位置 a’ はヒマワリの位置 a と比べて a’ > a なので、像ができる位置 b’ は b’ < b だろうということで、チューリップから出た光がヒマワリから出た光より手前に像を結ぶように光を曲げて、さらに次の凹レンズの部分にも同じようなことを考えて作図をしています。

5.2. 普段から参考にしているお役立ちサイト・書籍集

僕がこういう投稿をするときに参考にしている Web サイトや本を、いい機会なのでまとめておきたいと思います。

◆素人レンズ教室-その4 収差(2) 球面収差 | 滲みレンズ
http://www.oldlens.com/lens%20kyoushitsu04%20hyou.html
…マニアックなオールドレンズを扱うサイト。球面収差とボケの関係なども詳しく解説しています。

◆光と光の記録 — レンズ編
http://www.anfoworld.com/Lens.html
…もはや教科書。

◆カメラ用レンズ概説 (PENTAXを中心にして)
http://home.a00.itscom.net/shisan12/lens00.htm
…有名なレンズ構成からズームレンズ構成、鏡胴構造まで。入門に最適。

◆LENS Review レンズ性能評価と実写作例のブログ
https://lensreview.xyz/
…特許データからレンズの収差データを作り出してしまう。めちゃめちゃおもしろい。そして作例写真が上手い。

◆カメラマンのための写真レンズの科学-吉田-正太郎
https://www.amazon.co.jp/dp/480520561X
…僕がカメラを始めた頃安易な気持ちで買った教科書。数式とかは少ないのですがかなり内容は専門的。

3次元の写真たち

綴りが難関のレンズ

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