―――人の記憶は時系列順に整理されているらしい。
社会人になったばかりの頃、OJT 担当の先輩から聞いた話だ。
OJT 担当というと若手社員をイメージする人も多いかもしれないけど、その人は僕よりひとまわり上の世代の人だった。
物事を進めるときにちゃんとロジックを大切にする人で、僕もそうありたいと思った。
僕の社会人としての核となる部分を整形してくれたのは間違いない。
「昔、整理整頓がすごく上手な上司がいてさ。デスクまわりとかもピッカピカで。それでコツとかあるのか聞いてみたことがあるの」
「色々教えてもらったけど、印象深くていちばん憶えてるのがそれ」
「だから、たとえば資料のファイル名には先頭に年月日の数字を付けて、日付順にソートできるようにしておく」
「そうすると、後になって資料を探さなきゃいけないときに見つけやすいんだって」
当時はまだその話にピンと来ていなかった。
ただ、規則的にファイルがエクスプローラに並んでいること自体に気持ちのよさを感じる性質だったから、言われたとおり実践してみることにした。
以来、あれから 10 年くらい経ったいまでもファイル名の先頭には 8 桁の数字とアンダースコアを付けることにしている。
いまなら記憶が時系列順に整理されているという話も、何となくわかるくらいには実感がある。
ファイル整理の方法論としては、いちばん良いやり方とも思わないし、ほかに何か正解があるとも思えない。
いわば宗教みたいなものだ。
心のなかに何かひとつ信じると決めたものを持ついうのが信仰だとすれば、とりあえず 8 桁の数字を付けるのもまた信仰。
僕は家の法事にいけば南無妙法蓮華経のお題目を唱えるけど、その人の宗派によっては南無阿弥陀仏と念仏を唱えることもあるかもしれない。
そう考えると、なんだか 8 桁の数字も記憶を呼び起こすための呪文みたいなもののように思えてくる。
記憶って不思議なもので、稀に遥か過去のある地点の記憶だけが極彩色に記録されていることもある。
でもほとんどはそうじゃなくて、近い記憶ほど線と線で記憶どうしが繋がることでどうにか持ち堪えている。
おそらく今日という日の記憶も、上から新規レイヤーが次々積み重なっていつかは霞みがかって消えていくのだろう。
そして僕は今日も気づかず 2023 と入力して作ったばかりのファイルを見失いがちな1月を過ごしている。